ダビデ・ソロモン時代の領地を回復させたウジヤはツァーラアトに冒された

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≈紀元前771年
ウジヤ率いるユダ王国軍が、ペリシテ人の領地に攻め入り、以下の都市の城壁を破壊する。
①ガト
②ヤブネ(現在のイスラエル中央地区)
③アシュドッド(現在のイスラエル南部地区アシュケロン郡)
その後、アシュドッドとペリシテ人の領地に町を築いた。ユダ王国軍は更に以下の都市のアラビア人を襲撃して勝利し、ウジヤの名声はエジプトまで広がり、アモン人はウジヤに貢物を納める様になった。
①グルバアル(現在のヨルダンのタフィラ県ブセイラ郡)
②メウニム(現在のヨルダンのマアーン県)
一方で、エルサレムの以下の側に塔を建てて防備を強化した。
①隅の門
②谷の門
③控え壁
更には、所有していた家畜の為に、シェフェラ(現在のイスラエルのエルサレム地区・中央地区・南部地区)・平原・荒野に塔を建てて、沢山の水溜めを掘り、ネゲヴ(現在のイスラエル南部地区)にも要塞を築いた。またウジヤは、牧畜や農耕を奨励し、カルメル山等の山々に、農業に従事する人間や葡萄の栽培人を抱えていた。軍隊は分隊に組織され、以下2名によって集計されて登録され、高官の1人であるハナニヤの指揮下に置かれた。
①秘書官エイエル
②役人マアセヤ
兵士を束ねる氏族長が2,600名で、その指揮下には307,500名の兵士が居た。ウジヤは全軍に以下の装備を持たせた。
①盾
②小槍
③兜
④鎧
⑤弓
⑥投石器の石
また、エルサレムで製造したバリスタを塔の上や城壁の隅の上に設置し、軍備を増強した。最終的にウジヤは、ダビデ・ソロモン時代の領地をほぼ取り返した。

宇宙一元化 公式HP
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