田中祐吉著・『閒違だらけの衞生』

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田中祐吉著・『閒違だらけの衞生』

☆和服と洋服と

 閒違だらけの衞生、著者田中祐吉、大正九年發行。
洋風の衣食住を排す……廿九頁より拔萃。
曰く。

「~衣服は第二の家屋とも云ふ可きもので、體溫を保全し、健康を維持するのが其の本來の目的である。之を少しく詳說すれば、衣服は皮膚面から絕えず放散する體溫の一部を其の鬆粗《そうそ*細やかで無い縡。大雜把な縡。》なる實質內に保留して溫度の減失を少からしめ、又一方には皮膚面との閒に溫暖なる空氣層を存し、外界氣溫の變動を直ちに皮膚に及ぼさない樣にし、之に反して夏季に於ては體溫の放散を自由ならしめんが爲に風通りの善い薄い衣服を着せねばならぬ。されば衣服にして冬時體溫の放散を防ぐこと能はず、夏時體溫の射出を妨ぐるが如きものあらば、其は決して衣服としての目的に協《かな》つてゐる者では無い。這般《しやはん*是等。今般。此の度。》の點より和服と洋服とを比較すれば、何れの方が果して衞生の目的に適してゐるかを容易に判斷し得られる。

人の知るが如く、洋服は身體に密着するやうに出來てゐるから、皮膚面と衣服との閒に存在する空氣層は甚だ尠い。其ゆゑ、體溫の爲に此の氣層の暖ることが不充分であり、從つて溫度を保留することも不完全であるから、冬季に於ては寒さを感ずる度が和服に比して遙かに大である。是に反して和服では其の仕立が寛濶《くわんくわつ*ゆつたりしてゐる樣。大らかな樣。》でフツクリと出來上つてゐるから、皮膚面との閒には充分の空氣があつて、其丈體溫のぬくみで能く暖るが爲、冬季にては溫暖を感ずる。誰も實驗して知つてゐる通り、冬季に於ては洋服を着ると其丈で尙寒さを感ずるので、何うしても外套を纏はねばならないが、綿入れの和服ならば、別に當世流行のトンビを纏はずとも寒氣を凌ぐことが出來る。夏季には洋服の暑苦しく和服の涼しいことは誰も知つてゐることで、其は前述の如く、洋服は皮膚面に接着してゐるから體溫の放散を妨げ、和服は皮膚との閒に充分の空隙餘裕があるから、體溫の放散を容易ならしむるが爲である。
是を要するに洋服は窮屈であり、和服は寛濶であるが爲、上記のやうな差異が起るのである。冬は寒く夏は暑苦しい洋服は決して衞生上の目的に適してゐるものでは無い。此の如き缺點あることを承知してゐながら矢張り洋服を着るものゝ多いのは畢竟文明中毒、西洋中毒の爲である。倂し又、和服は勞働に不便だからと云つて洋服を着るといふものもあるが、成程軍人や勞働者の如きものは和服は不便であらうけれど、學校や會社や官𧗮《くわんぎよ・つかさ/\》で事務を執る者には別に不便を感ずる筈は無い。」

 *註、洋服の斯有る構造は夏乾燥して、冬濕氣の多い地中海氣候を前提としてゐて、日本のやうな夏濕氣多く、冬乾燥するやうな溫帶モンスーン氣候の如き風土では全く適當とは云へぬ。現在の日本人は自國の氣候風土に適さぬ服裝を無理矢理着てゐるのが現狀で、社會全體が其に馴致させられて仕舞つてゐて、其の矛楯に對しても疑問を感じず、鈍感になつて仕舞つてゐる。衣服とは抑何なのかを考へさせられる。

田中祐吉・閒違だらけの衛生
https://ja.scribd.com/doc/267079383/

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