源通親の言動から垣間見える、反九条兼実の萌芽

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西暦1,190年12月7日
16時、源頼朝が以下の行列で仙洞御所に入る。
①先頭
❶三浦義澄
❷小山朝政
❸小山田重義
②神輿
❶長沼宗政
❷佐々木盛綱
❸加藤景廉
③調度懸
④布衣侍
⑤随兵
❶千葉常胤の長男千葉胤正
❷梶原景季
❸下河辺行平
❹佐々木定綱
❺和田義盛
❻葛西清重
❼初代武田氏当主武田信義
源は後白河上皇に謁見し、1対1で長時間話し合う。源は征夷大将軍への就任を望んだが叶えられず、権大納言を任じられた。さらに、次代右近衛大将への就任も決定された。源は院から仰せ事が有るから待つ様言われるが、次の予定が有るので後日来る事を告げ、退出した。その後源は後鳥羽天皇と接触し、夜、九条兼実と閑院内裏の鬼間で初めて対面した。源は「今は後白河上皇が政務を担い、後鳥羽天皇は皇太子と大差無い状態です。後白河上皇崩御後は後鳥羽天皇が政務を執るべきです。勿論現在も後鳥羽天皇を軽んじるつもりはございません。九条殿に対して、一見疎遠な様に見えても、内実はそうではありません。深謀遠慮し、院中の風評を恐れ、敢えて疎遠な様に見せています。天下は何れ立て直す事が出来るでしょう。後鳥羽天皇も九条殿もまだお若い。私に運があれば、政治は真っ当なものになるでしょう。今は後白河上皇にお任せするしかありませんので、万事は思う様には行きません」という主旨の発言を行った。23時、源は六波羅に戻った。

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